〈第108回〉
平成、そして令和と2つの元号をまたぐ年の最後の定例会。また、大阪料理会が始まって丸9年となった。9年間、前菜の発表からスタートする形式であったが、今回から「突出し」という新たなテーマが加わった。コース全盛の時代だが、突出しとはいかにも大阪らしいではなかろうか。また、特別テーマではお節料理の二品が試作され、討議が行われた。
中村 正明
和洋遊膳 「中村」
1963年、奈良県生まれ。20歳で『志摩観光ホテル』のメインダイニング『ラ・メール』に入る。総料理長・高橋忠之氏の下でフランス料理を修行後、スウェーデン日本大使館の公邸料理人になる。さらに『浪速割烹 㐂川』で腕を磨き、1995年に独立。店名の通り和洋の枠に捉われない料理が楽しめる。奈良の月ヶ瀬に菜園を持ち、野菜の栽培にも力を入れている。
割烹五種小皿突出し
・汲み上げ豆腐 生雲丹
・河内鴨 酢どり白菜
・鯛昆布〆 かくや和え
・鯛の寄せ身揚げ
・柚餅子(ゆべし)飯蒸し
突出しを分かりやすくいえば、割烹版前菜ということになるだろう。そもそも前菜という言葉が日本料理において使用されだしたのが昭和の初期からといわれているので、それまで大阪では突出しこそが純粋な型であったといえよう。
さて、汲み上げ豆腐を使った突出しは、裏濾した汲み上げ湯葉と豆乳を合わせ、塩と淡口醤油で調味、当たり胡麻と全卵を合わせて流し函で蒸している。卵餡は、卵黄と天だしを湯煎し、泡立てて太白胡麻油で乳化させている。切り分けた汲み上げ豆腐にウニをのせ、バーナーで炙り、焦げ目を付けている。
鴨肉の突出しは、玉ネギ・人参・鷹の爪・粗挽き山椒・砂糖で作った野菜だしに鴨のモモ肉を漬け込み、筒状に成形したものを110℃で5時間火入れしている。
鯛の昆布締めは、天に沢庵(たくあん)を桂むきして細切りしたもの、昆布締めした小蕪を盛り、土佐酢が張られている。
鯛の寄せ身揚げは、鯛のせせり身と刻み木耳(キクラゲ)の寄せ身揚げ。いかにも割烹らしい、始末の心が伝わる逸品。
柚餅子の飯蒸しは、自家製の柚餅子の薄切りを餅米で挟み、銀餡が掛けられている。食欲をそそる、後の料理に期待を抱かせる突出しといえよう。
総評
「突出しとは、いわばお客との最初のコミュニケーション。通常は二鉢程度だが、この突出しにより一見のお客も緊張がほぐれ、馴染みのお客になってもらえる。突出しにはそんな意味合いもある。今回の提案はとても面白い」「小皿や小鉢ものというには惜しい。もう少し手を加えればコースの一品にも使えそうなものも多く、とてもヒントになった」。このような評とコメントが多く寄せられた。なかでも、鴨肉の火入れについての質疑応答が多くなされた。運営委員からは、「突出しは、後の料理より豪華であってはいけないし、また質素すぎてもいけない。その場を見計らいながらの料理となるので、難しい一面もある。今回は鯛のせせり身などを有効に活用しながら、お客の顔を見て、その場で瞬時に揚げたてや蒸したてを出すことができる。いかにも割烹的な突出しの好例といえるのではないか」などの意見が聞かれた。
水菜雪ノ下葉椀
水菜を雪の下の葉に見立てたものを椀仕立てにするという面白い試作。鱈の上身をフードプロセッサにかけて、すり身としている。酒・昆布だし・卵白・山芋・吉野葛でのばし、水菜と合わせラップで巻いて筒状に成形。これを30分程度蒸し上げると、雪の下の葉の模様のような断面が浮かび上がるという趣向。鱈の粗でとっただしに鰹だしを加え、椀物に仕立てられている。水菜の味わいをしっかりと残しながら、美しい模様を創る、何とも面白いアイデアといえよう。
総評
「まず、クリアなだしの味わいが見事」「雪の下という仕立ても面白いが、何よりもしっかりと水菜の旨みが生かされている」とのコメントなどが多くあった。また、鱈の粗を使っただしの引き方についての質疑応答がなされた。運営委員からは「すり身が少しパサついた感じがした。おそらくこれはフードプロセッサによるものだろう。当たり鉢でもうひと手間かけてほしかった」「椀種のすり身の原則は、箸で切れて、つかめること。その加減に工夫があれば、さらに良かったように思う」などのアドバイスやコメントが聞かれた。
東迎 高清
おおさか料理 浅井東迎
『㐂川 浅井』にて、“おおさか料理”を学び、10余年の長きに渡り支店を預かった後、2008年に独立。3階建ての店は、割烹の真髄・カウンターはもちろん、テーブル、個室になったお座敷まで調う。若い料理人を大勢抱え、その育成にも余念がない。故郷・沖縄県与那国島の長命草を使った手打ち蕎麦は〆の名物になっている。
紅アグー豚米煮
沖縄固有の豚として知られるアグー。その交配種として誕生した紅アグー豚を使っての米煮料理。三枚バラ肉の皮目をフライパンで焼く。水と米糠で炊き、糠を洗い落とした後、適宜に切り分け、これをご飯と水、そして昆布と塩だけで炊いていく。旨みが出たら、米を裏濾して再度炊いていく。肉味噌は、三段バラ肉を微塵切りしたものを炒めて、そこに田舎味噌に泡盛、そして砂糖に卵黄、赤酒を加えて煉(ね)り上げる。柚子胡椒を混ぜ、煮きり酒で調整し、米煮豚の上に天盛り。湯がいて地に漬け込んでいた沖縄の島野菜・オオタニワタリを添えている。
総評
東迎氏から今回使用した紅アグー豚についての説明がなされた。試食した会員からは、「まず、米煮の豚肉だけを食したが、昆布と塩だけなのにこれほど旨みが強いとは」「脂身の部分に大きな魅力がある。他の豚肉でも是非一度やってみたい」など、さまざまな驚きのコメントが多くあった。調理については、肉味噌の作り方について各分量の割合などへの質疑応答がなされた。今回の試作では、紅豚といった沖縄の新ブランド豚のほか、最近人気が高まっている沖縄の食用植物として知られるオオタニワタリが紹介された。
特別テーマ:割烹妙技
第4回:「お節料理」
お節料理の中でも定番中の定番ともされる「黒豆」。そして、今では作る人がほとんどいなくなったお節料理のひとつ「編笠柚子(あみがさゆず)」が坂本顧問の提案で披露された。黒豆については店ごとに異なった炊き方があるだけに、試食後は会員各々の店における黒豆の炊き方が討議された。
料理:板倉誠司氏
黒豆
鉄は入れずに黒豆を灰汁につけ、冷蔵庫で一晩保管。そのまま火にかけて柔らかくなるまで戻し、火からおろして半日置く。豆を掃除し、薄蜜で2時間炊き、次に皮の破れた豆を除きながら、本蜜で2時間炊いていく。
黒豆水羊羹
黒豆を作るときに出た皮の破れた豆をミキサーにかけ、白ザラ糖・塩で調味して餡を作る。その餡を水でのばし、粉寒天を入れて冷まし、戻した道明寺粉を浮かして固める。
編笠柚子
水炊きした柚子を乾いたタオルでぬめりをしっかりとふきとる。戻した竹皮を鍋底に敷き、外側から隙間無く柚子を並べていく。重ねる時も竹皮を敷き、一番上にも竹皮、そしてガーゼをのせておく。その上に金串を置き、落とし蓋をして浮かないように重石をのせておく。
一升1kgの蜜を作り、鍋に入れて火にかけ、最初は強火で、沸けば遠火にしてひたひたになるまで炊き、鍋止めする。翌日にとろ火で火にかけて、沸けば金串をはずしてさらに煮詰めていく。味をみて火を止める。